ニュースレター No.17 (2014年02月25日発行)
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ハンセン病に立ち向かった2人 -ダミアン神父と後藤昌直医師-

湯地 晃一郎(東京大学医科学研究所付属病院)

ヨセフ・デ・ブーステルこと、ダミアン神父は2009年10月11日バチカン市国において聖人に列せられた。ダミアン神父はハワイのハンセン病患者救済のために尽力し、自らもハンセン病に罹患し死亡された。カトリックの愛を体現した人物として有名であり、ベルギー王国およびハワイの英雄である。

ダミアン神父のハンセン病治療に、日本人漢方医の後藤昌直があたっていたことは殆ど知られていない。後藤昌直医師は、筆者の妻の曾祖父にあたる。本稿では、後藤医師・ダミアン神父の足跡を辿り、日本・ベルギーの友好を深める一助としたい。


▲後藤昌直医師

後藤昌直は1857年美濃国北方(現岐阜県本巣郡北方町)で出生した。1866年日本とベルギーの国交が樹立され、1873年には岩倉使節団がベルギーを公式訪問している。その2年後、1875年に後藤は慶応義塾医学所に入所、父昌文とともに神田にハンセン病患者専門の起廃病院を開院、隔離政策が主であったハンセン病を外来・通院治療で治癒に導いた。後藤の治療は大風子油・七葉樹皮・甘草の丸薬の服用、食事・運動療法であった。大風子油は、1943年のプロミン開発前に広く全世界で用いられていたハンセン病特効薬である。後藤は「難病自療」などの著作・講演でわかりやすく患者向けに啓蒙活動を行い、治りえる病気であることを説いていた。また、全国の門下生に指導を行ない、公費治療も一時的に実現していた。後藤父子は当時の癩治療の権威であり、清国・ハワイ王国からも指導を求め患者が来日していた。

後藤医師とダミアン神父の接点は、ハワイ人富豪のハンセン病患者Gilbert Wallerが後藤療法を日本で受け治癒し、帰国したことから始まる。1881年、来日中のハワイ王カラカウアが起廃病院を訪問。ハワイ王国では当時ハンセン病が大流行し(人口の約1割)、患者は当時モロカイ島の北、カラウパパという断崖絶壁の地に強制隔離されていた。ダミアン神父は1873年5月よりカラウパパに定住し、布教を行い、患者のために献身的に尽くした。患者のケア・死者の埋葬に加え、教会・孤児院・病院を設立したが、その過程で自らもハンセン病に罹患した。

1885年、患者の要望および王国の招請により後藤はハワイに移り、ハンセン病患者の治療にあたった。ダミアン神父は後藤の治療を受けるため、1886年7月にホノルルに滞在し、カカアコ病院分院で後藤療法を1週間学びモロカイ島に戻り、治療を継続、ハンセン病は一時軽快した。ダミアン神父は世界のカトリック教会に後藤療法を紹介し、英領モーリシャスなど日本国外でも後藤療法が行われた。しかしながらハワイ衛生局との確執などから、ダミアン神父の治療は1887年に中断され、同年後藤はハワイを去り、1889年ダミアン神父はモロカイ島で亡くなった。享年49。死後ダミアンはモロカイ島に埋葬されたが、「ベルギーの英雄」として遺体を求める世論が高まり、1936年に故郷ベルギーへ戻された。現在はルーヴェン市の聖ヨセフ教会に眠る。

1887年に後藤はスタンフォード大学医学部の前身Cooper Medical College に留学し卒業論文を提出し帰国。1893年、ハワイのハンセン病患者の70%を超える嘆願書が提出され、後藤は再度ハワイに渡り、ハンセン病患者の治療を行ないハワイ国王からも叙勲を受けた。しかし1895年に治療は再度中止となり、後藤は帰国の途についた。後藤は日本でハンセン病患者のために尽くし、1908年、東京で没した。享年59。現在は東京品川海晏寺に眠る。


▲後藤医師がダミアン神父博物館に
贈呈したと考えられる薬箱

ダミアン神父と後藤医師は、当時不治の病であったハンセン病に立ち向かい、差別なく患者のケアを行っていた。地球の反対側からやってきた2人はハワイで邂逅した。ダミアン神父は後藤医師を深く信頼しており、「私は欧米の医師を全く信用していない。後藤医師に治療して貰いたいのだ」との言葉を残している。ダミアン神父生誕地のルーヴェン近郊のトレメロにあるダミアン神父博物館には、後藤が贈呈したと考えられる漆塗の薬箱が現在も展示されている。また、後藤医師の治療から127年を経過した現在も、後藤家とダミアン神父兄弟弟子孫は交流している。後藤昌直医師とダミアン神父の関係を、日本人・ベルギー人の方々に知っていただくことが、日本国とベルギー王国の友好に繋がることを願ってやまない。
(日本・ベルギー協会機関誌)


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