ニュースレター No.10 (2011年02月20日発行) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
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友情にあふれた“2010国際ハンセン病フォーラムinソウル”
理事長 森元 美代治

韓国政府の肝いりで、IDEA 韓国、ハンビ福祉協会、IDEAインターナショナル、国会議員、医療関係者、弁護士会、通訳、学生サークル等で実行委員会を作り、昨年11月24日から27日まで、韓国で「2010国際ハンセン病フォーラムinソウル」が開催されました。IDEAジャパンより6名が参加し、そのうち4人にプレゼンテーションの場が与えられました。本号は同大会の特集号として発行することにしました。ご一読くだされば、無上の喜びです。

COEX という1000人も入れるようなイベント会場には、89カ所のハンセン病コロニー(定着村)の村人たちも参加され、どのワークショップも熱気があふれていました。ガーナ、インド、ネパール、インドネシア、フィリピン、中国、台湾、アメリカ、ノルウェーから参加したIDEA会員に加えて、今回はミャンマーやカンボジアの快復者代表も参加され、深い友情に包まれた交流が実現したことは特筆すべきでしょう。

また私にとっては4度目の訪問となった小鹿島更正園(ソロクト/前身の小鹿島慈恵医院は、1917年、日本の植民地時代に朝鮮総督府によって開設された)は、島と本土との間に立派な橋が架けられ、建物や道路は整備され、地域住民に開かれた観光的ないこいの場になっていて、うれしく思いました。しかし、その一方、隔絶されたかつての悲惨な歴史が完全に風化されてしまうのではないかと、一抹の不安と懸念を禁じ得ませんでした。

IDEAは1994年にブラジルに各国快復者代表や関係者が集い、結成されました。ハンセン病が可治の病となった時代に対応して、これまでのように為政者や医学者、宗教家や支援団体に依存するだけでなく、自分たちの問題として国際的に連帯して取り組もうという理念に基づいています。当時、日本では「らい予防法」を廃止するかしないのか、全国の療養所で大揺れに揺れている状況でしたから、私はIDEA 結成の動きすら知る由もありませんでした。

私が初めてIDEAのことを知ったのは、1997年、ニューヨークの国連本部で開催された「尊厳の確立展」(IDEA 国際集会)に参加したときです。7年後の2004年、IDEAジャパンを立ち上げました。私は北京大会、国際ハンセン病女性会議(NY州セネカフォールズ)、南アフリカ大会(ケープタウン)、ブラジル大会(サルバドール)、インド大会(ハイデラバード)などすべて自費で参加させていただきましたが、 今回のソウルでの国際フォーラムだけは無料で招待されました。韓国政府と実行委員会の皆さんのハンセン病問題に対する積極的な取り組みと熱意に、感謝と敬意を表する次第です。

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