ニュースレター/IDEA国際会議 in インド特集号 (2008年4月発行) (1)(2)(3)(4)(5)
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家族を持つ権利について

柴田 すい子

▲国際ハンセン病学会・全体会で発表
日本のハンセン病予防は、約1世紀にわたって患者を強制隔離して、絶滅するという野蛮な政策を実施してきました。私は14歳のときにハンセン病と診断され、発病とともに家族や地域社会から隔絶され、生涯を療養所で送ることを余儀なくされました。私の収容後、家や学校は消毒され、家族は計り知れない犠牲を負いました。入所とともに名前まで変えられました。当時の療養所は総ての作業を患者に負わせ、そこは治療の場ではありませんでした。私は療養所内の共同生活に馴染めず、家が恋しくて仕方がありませんでした。日本の療養所では、患者を閉じ込めておくために、断種を条件に患者同士の結婚を認めたため、多くの人は結婚していました。もし断種しないで妊娠したら、否応なく子どもは堕胎させられました。私自身も妊娠し「今決意しないと間に合わない」と医師に言われ、自由も経済力もないので仕方なく従いました。こうして堕胎された水子は、3000人以上を数え、その一部が最近倉庫の片隅で薬品漬けにされ、放置されているのを発見され、2006年ようやく国は胎児の人格を認め、国の責任で葬りました。

いま全国の療養所に、平均年齢80歳の人たちが約2900人、ほとんど家族との交流も途絶えたままで暮らしています。この人たちを最後まで安心して人生が送れるよう、多くの国民の支援を受けて、「ハンセン病問題基本法」制定の100万人請願署名に取り組んでいます。

私は療養所を退所して40年、苦労を重ねて生きてきました。そのうち30年間はさまざまな差別とたたかい一般企業で働きましたが、それが私の生きる自信になりました。2001年に、私たちの闘ったハンセン病違憲国家賠償訴訟の勝利判決によって、国のハンセン病患者への過酷な扱いが、社会に知れ渡り、正しい理解が進むようになりました。

現在、退所して社会生活をしている人は約1400名いますが、3分の1は60歳を超え、子供がいません。これらの人たちのこれからの生活が問題になってきています。2002年IDEAの主催で、アメリカで開催された、国際ハンセン病女性会議に参加し、他国の女性がお医者さんや職員に指導され、児童相談員や、看護師として社会的地位をもち、子どもをもって暮らしているのを知りました。そのときの、「ハッピー、ハッピー」という声がいつまでも耳に残りました。その姿に、日本の女性の不幸を見せ付けられました。貧しくとも暖かい家族があればハッピーです。

私には6人の兄弟がいましたが、今は弟と私だけになり、他は他界しました。先日弟と50数年ぶりに会う予定でしたが、わたしの術後の足が思わしくなかったこともあって、この会議の前に会うことができませんでした。家族を持つ権利を奪われた今、再びこうした不幸を繰り返させないためにも、元気にやっていきます。

これからさらなる友好を願っています。
ありがとうございました。


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